「シンセサイザー」と聞くと、なんだか難しそうな、専門的な楽器というイメージがありませんか?たくさんのツマミやボタンが並んでいて、どこをどう触ればいいのかわからない…。そんな風に感じている方も多いかもしれません。でも、ご安心ください!シンセサイザーは、基本的な仕組みさえ理解してしまえば、誰でも無限の音作りを楽しめる、最高にクリエイティブな楽器なんです。
この記事では、特定の商品は一切紹介しません。その代わり、シンセサイザーってそもそも何なのか、どうやって音が出ているのか、どんな種類があるのかといった「根本的な知識」を、どこよりも分かりやすく、そして詳しく解説していきます。この記事を読み終わる頃には、あなたもシンセサイザーの奥深い世界の虜になっているはず。さあ、一緒に音作りの冒険へ旅立ちましょう!
はじめに:シンセサイザーってなんだろう?
まずは基本中の基本、「シンセサイザーとは何か?」からお話ししますね。一言でいうと、シンセサイザーは「音を合成(synthesis)する楽器」です。英語の「synthesize(シンセサイズ)」が語源になっていることからも、その本質がわかりますよね。
ピアノが弦をハンマーで叩いて音を出す、ギターが弦を弾いて音を出すのと同じように、シンセサイザーは電気の力を使って「音の素」となる波形を作り出し、それを様々に加工することで多種多様なサウンドを生み出します。つまり、ゼロから音をデザインできる楽器、それがシンセサイザーなのです。
だから、シンセサイザーはピアノの音も、トランペットの音も、ドラムの音も出せますし、それだけじゃなく、この世に存在しない不思議な音や効果音、宇宙船が飛んでいくような音まで、想像力次第でどんな音でも作り出すことが可能です。この「音作りの自由度の高さ」こそが、シンセサイザー最大の魅力と言えるでしょう。音楽制作はもちろん、映画やゲームの効果音制作など、幅広い分野で活躍しているのも納得ですよね。
シンセサイザーの歴史をざっくり知ろう!
今では当たり前のように使われているシンセサイザーですが、ここに至るまでには長い歴史と技術の進化がありました。その道のりを少し覗いてみましょう。歴史を知ると、よりシンセサイザーへの愛着が湧いてくるかもしれませんよ。
巨大な実験装置からのスタート
シンセサイザーの源流をたどると、20世紀初頭の電子楽器にまで行き着きます。しかし、現在の形に近いシンセサイザーが登場するのは1960年代のこと。当時は、部屋を埋め尽くすほどの巨大な装置で、大学や研究機関で使われる実験的な機材でした。たくさんのケーブルを手でつなぎ替えて音作りをする、いわゆる「タンス」と呼ばれるようなモジュラーシンセサイザーが主流で、とても一般人が手を出せるようなものではありませんでした。
音楽シーンへの衝撃的な登場
この状況を一変させたのが、1960年代半ばに登場したモーグ・シンセサイザーです。鍵盤が取り付けられ、ある程度モジュールが内部で配線されたことで、ミュージシャンが「楽器」として演奏できるようになりました。その革新的なサウンドは、当時の音楽シーンに大きな衝撃を与え、プログレッシブ・ロックなどのアーティストたちがこぞって導入し、新しい音楽の扉を開いたのです。
デジタル化の波と大衆化
1980年代に入ると、音楽の世界にもデジタルの波が押し寄せます。特に1983年に発売されたヤマハのDX7は、FM音源という新しい音作り方式を採用し、それまでのアナログシンセサイザーとは一線を画す、きらびやかで金属的なサウンドで一世を風靡しました。大量生産によって価格が下がったこともあり、プロだけでなくアマチュアのミュージシャンにもシンセサイザーが一気に普及。80年代のポップミュージックを象徴するサウンドの多くは、このデジタルシンセサイザーによって作られたと言っても過言ではありません。
現代のシンセサイザーへ
その後も、実際の楽器の音を録音して再生するPCM音源の登場や、コンピューターの性能向上に伴うソフトウェアシンセサイザー(ソフトシンセ)の普及など、シンセサイザーは時代と共に進化を続けてきました。近年では、アナログシンセサイザーの良さが見直され、往年の名機を再現したものや、新しい解釈を加えたアナログシンセが数多く登場しています。ハードウェア、ソフトウェア、アナログ、デジタル…。現代は、それぞれの長所を活かした多種多様なシンセサイザーの中から、自分のスタイルに合わせて自由に選べる、素晴らしい時代なのです。
音作りの心臓部!シンセサイザーの仕組みを徹底解説
さて、ここからが本題です。シンセサイザーがどうやって音を作っているのか、その心臓部を覗いていきましょう。少し専門用語も出てきますが、ひとつひとつ料理に例えながら解説するので、リラックスしてついてきてくださいね。シンセサイザーの音作りの基本は、主に3つのセクションに分かれています。それが「オシレーター」「フィルター」「アンプ」です。この3つは「音作りの三種の神器」とも呼ばれ、ほとんどのアナログシンセサイザー(減算合成方式)の基本となっています。
音の源「オシレーター(VCO)」
オシレーター(Oscillator)は、音の元となる「波形」を作り出す部分です。料理で言えば「食材」にあたりますね。どんなに腕の良い料理人でも、食材がなければ料理は作れません。同じように、オシレーターがなければシンセサイザーは音を出すことができません。VCOという表記を見かけることもありますが、これは「Voltage Controlled Oscillator」の略で、電圧で音の高さをコントロールするオシレーターという意味です。まずは、オシレーターが生み出す代表的な波形の種類を見ていきましょう。
サイン波(正弦波)
最も基本的な波形で、倍音を全く含まない純粋な音です。「ポー」という澄んだ音が鳴り、音色としてはフルートや口笛に近いイメージでしょうか。音作りにおいては、他の波形と混ぜて音の土台(特に低域)を補強したり、サブベースを作ったりするのに役立ちます。個性が少ない分、加工しやすい素直な波形です。
三角波
サイン波に少しだけ倍音を加えたような、丸くて柔らかい音色が特徴です。見た目もサイン波をカクカクさせたような三角形をしています。サイン波よりは少しだけ存在感があり、オルガンのような、あるいはファミコンのピコピコサウンドのような、どこか懐かしい響きを持っています。ベル系の音や、優しい雰囲気のパッドサウンドを作るのに向いています。
ノコギリ波(鋸歯状波)
その名の通り、ノコギリの刃のようなギザギザした形をした波形です。英語では「Sawtooth Wave」と呼ばれます。このギザギザがポイントで、偶数倍音と奇数倍音の両方をバランス良く、そして豊富に含んでいるため、非常に明るく、華やかで、力強いサウンドが特徴です。ストリングス(弦楽器)やブラス(金管楽器)、分厚いリードサウンドやベースなど、様々な音作りの基本となる、まさに「万能食材」です。迷ったらまずノコギリ波を選んでみる、というのも良いスタートの切り方ですよ。
矩形波(スクエア波)
四角い形をした波形で、「Square Wave」とも呼ばれます。この波形は奇数次倍音しか含まないという特徴があり、その結果、どこか空洞感のある、独特の響きを持ったサウンドになります。クラリネットやオーボエなどの木管楽器の音色に例えられたり、こちらもレトロゲームのようなチープで可愛らしいサウンドを作るのにも使われます。ノコギリ波とはまた違った個性があり、使い分けることで音作りの幅がぐっと広がります。
パルス波
パルス波は、実は矩形波の仲間です。矩形波が波形の山の部分と谷の部分の幅(比率)が1:1なのに対し、パルス波はその幅を自由に変えることができます。この幅のことを「パルスウィズ(Pulse Width)」と呼びます。パルスウィズを変えると、含まれる倍音のバランスが変化し、音が細くなったり、硬くなったりと、劇的にキャラクターが変わるのが面白いところです。さらに、このパルスウィズをLFO(後述します)などで周期的に揺らす奏法を「パルス・ウィズ・モジュレーション(PWM)」と呼び、独特のうねりを持った厚みのあるサウンドを作り出すことができます。
ノイズ
特定の音程を持たない「ザー」とか「シュー」といった音です。ホワイトノイズ、ピンクノイズなど、周波数成分の分布によっていくつかの種類があります。単体でメロディを奏でることはできませんが、他の波形に少し混ぜて音に空気感やざらつきを加えたり、風の音や波の音、打楽器的なアタック音といった効果音を作ったりするのに欠かせない存在です。料理でいうところの「スパイス」のような役割ですね。
音色を削る彫刻刀「フィルター(VCF)」
オシレーターという「食材」を選んだら、次はその食材を加工していく工程です。その役割を担うのがフィルター(Filter)です。フィルターは、オシレーターが作った波形に含まれる特定の周波数帯域をカット(削り取る)することで、音色を変化させる重要なセクションです。料理で言えば、野菜の皮をむいたり、面取りをしたりする「包丁」や、食材を裏ごしする「こし器」のようなイメージでしょうか。VCFは「Voltage Controlled Filter」の略で、電圧でフィルターのかかり具合をコントロールするという意味です。フィルターを使いこなすことが、シンセサイザーの音作りをマスターする上で最も重要な鍵と言っても過言ではありません。
ローパスフィルター(LPF)
最もよく使われる、フィルターの王様です。設定した周波数(カットオフ周波数)よりも「高い」周波数帯域をカットします。高い成分が削られることで、音は丸く、柔らかく、こもったようなサウンドになります。例えば、ノコギリ波の「ジー」という鋭い音にローパスフィルターをかけていくと、だんだん角が取れて「モー」というような温かい音に変化していきます。このカットオフ周波数を動かすのが、シンセサイザーの音作りにおける最大の醍醐味のひとつです。「ウィーン」とか「ワウワウ」といった、いかにもシンセらしいサウンドは、このローパスフィルターのカットオフ周波数を動かして作られています。
ハイパスフィルター(HPF)
ローパスフィルターとは逆に、設定した周波数よりも「低い」周波数帯域をカットします。低い成分が削られるので、音は軽く、細く、シャープなサウンドになります。低音域が他の楽器とぶつかってしまう時に、このフィルターでスッキリさせたり、あえて音を細くして特殊な効果を狙ったりするのに使われます。DJがミックスの際によく使う、徐々に低音をカットしていくエフェクトも、このハイパスフィルターによるものです。
バンドパスフィルター(BPF)
設定した周波数周辺の、特定の帯域「だけ」を通過させるフィルターです。高い部分と低い部分の両方がカットされるため、ラジオボイスのような、こもっていてかつ細い、独特なサウンドになります。カットオフ周波数を動かすと、ワウペダルを踏んだような「ワウワウ」という効果が得られるのが特徴です。
ノッチフィルター(BEF)
バンドパスフィルターとは逆に、設定した周波数周辺の、特定の帯域「だけ」をカットするフィルターです。バンド・エリミネート・フィルター(BEF)やバンド・リジェクト・フィルターとも呼ばれます。効果は少し分かりにくいかもしれませんが、音の芯がくり抜かれたような、独特のフェイザーに近い効果を生み出します。特定の周波数のピークを抑えたい場合など、少しマニアックな音作りに使われます。
重要なパラメーター:「カットオフ」と「レゾナンス」
フィルターを操る上で、絶対に覚えておきたいのが2つのパラメーターです。
- カットオフ周波数(Cutoff Frequency):フィルターが効果を発揮し始める周波数を決めるツマミです。これをどこに設定するかで、音の明るさが決まります。ツマミを回して積極的に音色を変化させる、最も重要なパラメーターです。
- レゾナンス(Resonance):カットオフ周波数付近の周波数帯域を強調するツマミです。「ピーク(Peak)」や「Q」と呼ばれることもあります。レゾナンスを上げていくと、カットオフ周波数に「キュッ」とか「ミャウ」といった独特のクセが付き、サウンドがより派手で攻撃的になります。上げすぎると発振して「ピョー」という自己発振音が出ることもあり、それ自体を音作りに利用することもあります。
音量をコントロールする「アンプ(VCA)」
オシレーターで食材を用意し、フィルターで形を整えたら、最後は「盛り付け」です。その役割を担うのがアンプ(Amplifier)です。フィルターを通った後の音の最終的な音量をコントロールするのがアンプの役割です。VCAは「Voltage Controlled Amplifier」の略ですね。鍵盤を押したら音が出て、離したら音が消える、という当たり前の動作も、このアンプが制御しています。しかし、アンプの仕事はそれだけではありません。次に説明する「エンベロープ・ジェネレーター」と組み合わせることで、音の「時間的な変化」をデザインする上で非常に重要な役割を果たします。
音に時間的な変化を与える「エンベロープ・ジェネレーター(EG)」
エンベロープ・ジェネレーター(Envelope Generator)、略してEGは、時間の経過と共に、特定のパラメーターをどのように変化させるかを設定する機能です。日本語では「包絡線」と言ったりもします。なんだか難しそうですが、要は「音の形」を作る司令塔だと思ってください。このEGが、主に先ほどのアンプ(VCA)に対して「こういう風に音量を変化させてね」という指示を送ります。この指示書は、一般的に「ADSR」という4つのパラメーターで構成されています。
アタック(Attack)
鍵盤を押してから、音が最大音量に達するまでの時間です。アタックタイムが短い(速い)と、「タッ」「ドン」といった立ち上がりの鋭い音になります。ピアノや打楽器などがこれにあたりますね。逆にアタックタイムが長い(遅い)と、「ふぉわ〜ん」と、ゆっくり音が立ち上がってきます。ストリングスやパッド系の、広がりがあるサウンドに最適です。
ディケイ(Decay)
アタックで最大音量に達した後、次に説明するサスティンレベルまで、音量が減衰していく時間です。ディケイタイムが短いとすぐにサスティンレベルに落ち着き、長いとゆっくりと減衰していきます。ピアノで鍵盤を「タンッ」と叩いた時、一瞬最大音量になった後、少し音が落ち着きますよね。あの部分がディケイです。
サスティン(Sustain)
鍵盤を押し続けている間、維持される音量レベルです。これは「時間」ではなく「音量のレベル(大きさ)」であることに注意してください。サスティンレベルが高いと、鍵盤を押している間ずっと大きい音が出続けます。オルガンなどがこのタイプです。逆にサスティンレベルが低いと、ディケイで減衰した後、小さい音量で音が伸び続けます。ピアノやギターは、鍵盤や弦を押さえ続けていても音はだんだん小さくなっていくので、サスティンレベルはゼロに近いと言えます。
リリース(Release)
鍵盤から指を離してから、音が完全に消えるまでの時間(余韻)です。リリースタイムが短いと、指を離した瞬間に「プツッ」と音が切れます。逆にリリースタイムが長いと、指を離した後も「ふぉわ〜〜ん…」と長く余韻が残ります。教会のパイプオルガンのように、残響の豊かなサウンドを作りたい場合に長く設定します。
このADSRは、音量(VCA)をコントロールするのが最も基本的な使い方ですが、シンセサイザーによっては、フィルターのカットオフ周波数(VCF)や、音の高さであるピッチ(VCO)に適用することもできます。例えば、フィルターにADSRをかけると、「ミャオン」「ワウ」といった、時間と共にフィルターが開閉するような効果を作ることができます。これがシンセサイザーの音作りを、さらに奥深く面白くしている要素なのです。
音を揺らす魔法「LFO」
最後に、音作りの隠し味として非常に重要な「LFO」を紹介します。LFOは「Low Frequency Oscillator」の略で、その名の通り「低い周波数のオシレーター」です。どれくらい低いかというと、人間の耳には音として聞こえないくらい低い周波数(通常20Hz以下)です。では、聞こえない音を出して何の意味があるのか? LFOの役割は、音として鳴らすのではなく、そのゆっくりとした周期的な波を使って、他のパラメーターを自動的に「揺らす」ことにあります。
例えば、こんなことができます。
- ピッチを揺らす:LFOでオシレーターの音の高さ(ピッチ)をゆっくり揺らすと、ビブラート効果が得られます。歌手やバイオリニストが声を震わせたり、弦を揺らしたりする、あの表現ですね。
- フィルターを揺らす:LFOでフィルターのカットオフ周波数を揺らすと、「ワウワウ」という、リズミカルに音色が変化する効果が得られます。ダブステップで聞かれる「ウォブルベース」なども、このテクニックの応用です。
- 音量を揺らす:LFOでアンプの音量を揺らすと、トレモロ効果が得られます。音がリズミカルに大きくなったり小さくなったりする効果です。
LFOもオシレーターの一種なので、サイン波や三角波、ノコギリ波といった波形を選ぶことができます。どの波形で、どのくらいの速さ(Rate/Speed)で、どのくらいの深さ(Depth/Amount)で揺らすかによって、様々な効果を生み出すことができます。LFOを使いこなせるようになると、単調だったサウンドに生命感や動きが生まれ、表現の幅が格段に広がりますよ。
シンセサイザーの「音源方式」って何が違うの?
ここまで、主にアナログシンセサイザーで採用されている「減算合成方式」をベースに仕組みを解説してきました。しかし、シンセサイザーには音を生み出すための様々な「音源方式」が存在します。それぞれに得意なサウンドや音作りのアプローチが異なります。ここでは代表的な音源方式をいくつか紹介します。色々なレストランにそれぞれ得意料理があるように、音源方式にも個性があるのです。
アナログシンセサイザー(減算合成方式)
これまで説明してきた、オシレーターで倍音豊かな波形を作り、フィルターで削って音作りをするのが、この「減算合成方式」です。アナログ回路で構成されているものを「アナログシンセサイザー」と呼びます。電気的な回路を通ることで生じる微妙な不安定さや個体差が、太く、温かく、存在感のあるサウンドを生み出す要因とされています。直感的にツマミを操作して音作りができるのも魅力です。シンプルな構造ながら、非常にパワフルなサウンドが得意な、シンセサイザーの基本形です。
FMシンセサイザー(FM音源)
FMは「Frequency Modulation(周波数変調)」の略です。減算合成が「彫刻」だとしたら、FM合成は「粘土細工」に近いかもしれません。非常に複雑な方法ですが、簡単に言うと、ある波形(モジュレーター)で、別の波形(キャリア)を変調させて新たな倍音を生み出し、複雑なサウンドを作り出す方式です。この組み合わせ方次第で、予測不能な面白い音色が生まれます。特に、金属的で硬質な音、きらびやかなベル系の音、独特な質感のエレクトリックピアノのサウンドはFM音源の独壇場です。80年代のポップスで多用された、あのキラキラしたサウンドの多くはFM音源によるものです。操作は少し難解ですが、唯一無二のサウンドを生み出すことができます。
PCMシンセサイザー
PCMは「Pulse Code Modulation」の略で、簡単に言えばサンプリング音源です。実際のピアノ、ギター、ドラム、ストリングスなどの楽器の音をマイクで録音(サンプリング)し、その波形データを元に音を鳴らす方式です。そのため、非常にリアルな楽器の音を再現するのが得意です。音作りというよりは、元々あるリアルな音色をフィルターやエフェクトで少し加工して使う、というアプローチが主になります。現在の多くのワークステーション型シンセサイザーやキーボードは、このPCM音源をベースにしています。リアルな伴奏パートを作りたい場合に非常に便利です。
物理モデリングシンセサイザー
非常に高度な音源方式で、楽器がどのようにして音を発しているのか、その物理的な現象をコンピューターの演算によってシミュレートする方式です。「弦をどの位置で、どんな素材のもので、どれくらいの強さで弾くか」「管楽器にどれくらいの息を吹き込むか」といった、現実の楽器の発音原理そのものをモデリングします。そのため、極めてリアルで生々しい、表現力豊かなサウンドを作り出すことができます。PCM音源が「録音された音」であるのに対し、物理モデリングは「演奏のたびに仮想空間で生成される音」なので、より滑らかで自然な音色変化が可能です。
その他の音源方式
他にも、いくつもの波形を順番に並べて、それを読み出すことで複雑な音色変化を生む「ウェーブテーブルシンセシス」、サイン波を足し算していくことで音を作る「加算合成(アディティブシンセシス)」、サンプリングした音を非常に短い粒(グレイン)に分解して再構築する「グラニュラーシンセシス」など、様々な音源方式が存在します。それぞれの方式を理解し、得意なサウンドを把握することで、作りたい音楽に最適なシンセサイザーを選ぶ手助けになります。
シンセサイザーの種類と選び方のヒント
シンセサイザーには、その形状や機能によっていくつかの種類があります。ここでは特定の商品をおすすめするのではなく、どのような種類があり、それぞれがどんな特徴を持っているのかを解説します。ご自身の音楽制作のスタイルや目的に合わせて、どんなタイプが合っているかを考えるヒントにしてください。
ハードウェアシンセサイザーの魅力
まず、実際に触れることができる物理的な「楽器」としてのシンセサイザーです。最大の魅力は、なんといってもツマミやスライダー、ボタンを直接手で触って音作りをするフィジカルな体験です。直感的な操作はインスピレーションを刺激し、思わぬサウンドが生まれることも少なくありません。また、ライブパフォーマンスでの存在感や、コンピューターのスペックに左右されずに安定して動作する点も大きなメリットです。
鍵盤一体型シンセサイザー
鍵盤と音源部がセットになった、最も一般的なタイプのシンセサイザーです。これ一台で演奏から音作りまで完結するため、初心者の方でもすぐに楽しむことができます。鍵盤の数(25鍵、49鍵、61鍵、88鍵など)や鍵盤のタッチ(重さ)も様々なので、演奏スタイルに合わせて選ぶことになります。
音源モジュール(デスクトップ/ラック)
鍵盤部分がなく、音源部に特化したタイプのシンセサイザーです。机の上に置けるコンパクトな「デスクトップタイプ」と、スタジオの機材棚に収める「ラックマウントタイプ」があります。演奏するには、別途MIDIキーボードなどを接続する必要がありますが、省スペースで導入できるのがメリットです。すでにお気に入りのMIDIキーボードを持っている方や、DAWでの打ち込みがメインの方にとっては合理的な選択肢となります。
ソフトウェアシンセサイザー(ソフトシンセ)の魅力
コンピューター上で動作する、ソフトウェアとしてのシンセサイザーです。DAW(Digital Audio Workstation)という音楽制作ソフトの「プラグイン」として起動して使用するのが一般的です。ハードウェアシンセに比べて、比較的低コストで導入できるものが多く、様々な音源方式のシンセサイザーを気軽に試せるのが最大の魅力です。また、作った音色の設定をプロジェクトファイルと一緒に完全に保存・再現できるため、制作の効率も上がります。近年はCPUの性能向上により、そのサウンドクオリティはハードウェアに全く引けを取りません。
モジュラーシンセサイザーという沼
オシレーター、フィルター、アンプ、LFOといった各機能が、それぞれ独立した「モジュール」という小さなユニットになっており、それらをユーザー自身が「パッチケーブル」というケーブルで繋ぎ合わせて音作りをする究極のシンセサイザーです。音作りの自由度は理論上無限大ですが、その分、仕組みを深く理解している必要があり、コストも時間もかかります。まさに「沼」と呼ばれるにふさわしい、ディープな世界ですが、自分だけのオリジナルな楽器を組み上げる楽しさは何物にも代えがたい魅力を持っています。
ポリフォニー(最大同時発音数)をチェックしよう
シンセサイザーを選ぶ上で、見落としがちですが非常に重要なスペックが「ポリフォニー(Polyphony)」、つまり最大同時発音数です。同時にいくつの音を出せるかを示しています。
- モノフォニック(Monophonic):同時に1つの音しか出せないシンセサイザーです。「単音」しか出せないので和音は弾けませんが、その分、図太いベースラインや切れ味の鋭いリードサウンドに向いています。後から弾いた音が優先されるので、独特のフレーズが生まれることもあります。
- ポリフォニック(Polyphonic):同時に複数の音を出せるシンセサイザーです。4音、8音、16音、あるいはそれ以上と、機種によって発音数は異なります。和音を弾きたい、広がるようなパッドサウンドを作りたい、という場合にはポリフォニックであることが必須になります。
- パラフォニック(Paraphonic):少し特殊なタイプで、複数のオシレーターを個別の音程で鳴らすことはできますが、それらが最終的に1つのフィルターとアンプを通る方式です。擬似的な和音演奏が可能ですが、全ての音が同じように音色変化・音量変化をするという特徴があります。
自分が作りたい音楽のスタイル(ベースやリードが中心か、コードやパッドが中心か)を考えて、必要な発音数を検討することが大切です。
シンセサイザーを楽しむために必要なもの
さて、シンセサイザーを手に入れた!…だけでは、残念ながら音は聞こえてきません。ここでは、シンセサイザーを鳴らして楽しむために、本体以外に必要となる基本的な機材を紹介します。
音を出すための機材
まずは、シンセサイザーが作り出した音を耳に届けるための機材です。
- ヘッドホン:最も手軽に始められる方法です。周りの環境を気にせず、夜中でも音作りに集中できます。できるだけ、音楽制作用の「モニターヘッドホン」と呼ばれる、味付けのないフラットな音質のものが、音作りには向いています。
- スピーカー:ヘッドホンだけでなく、スピーカーで音を出すと、音の響きや低音の迫力を体で感じることができ、また違った楽しさがあります。アンプが内蔵された「パワードスピーカー」や「モニタースピーカー」が、接続も簡単で便利です。
接続するためのケーブル類
シンセサイザーと他の機材を繋ぐための「血管」となるケーブルです。
- オーディオケーブル:シンセサイザーの音声出力端子から、スピーカーやオーディオインターフェースに音を送るためのケーブルです。一般的には、両端がギターなどでも使われる「フォン端子」になっているケーブル(TSフォンケーブルやTRSフォンケーブル)が多く使われます。
- MIDIケーブル:ハードウェアのシンセサイザー同士や、シンセサイザーとMIDIキーボード、オーディオインターフェースなどを接続し、演奏情報(どの鍵盤を、どのくらいの強さで弾いたか等)を送受信するためのケーブルです。丸い5ピンの端子が特徴です。
- USBケーブル:最近のシンセサイザーやMIDIキーボードの多くはUSB端子を備えており、コンピューターと直接接続することができます。USBケーブル1本で、MIDI情報の送受信と、場合によっては音声データの送受信(オーディオインターフェース機能)も可能です。
演奏や打ち込みに必要な機材
より本格的に音楽制作を楽しむために、あると便利な機材です。
- MIDIキーボード:音源モジュールタイプのシンセサイザーや、ソフトウェアシンセサイザーを演奏するためには必須のアイテムです。鍵盤だけでなく、ピッチベンドホイールやモジュレーションホイール、各種ツマミやパッドが付いているものもあり、表現の幅を広げてくれます。
- DAWソフト:Digital Audio Workstationの略で、コンピューター上で音楽を制作するための統合ソフトウェアです。録音、打ち込み、ミキシングなど、音楽制作に必要な機能が全て詰まっています。ソフトウェアシンセサイザーを使う際の母艦となります。
- オーディオインターフェース:コンピューターに高品質な音声を入出力するための機材です。ハードウェアシンセサイザーの音を良い音質でDAWに録音したり、DAWの音をノイズの少ないクリアなサウンドでスピーカーやヘッドホンから再生したりするために重要な役割を果たします。
実践!シンセサイザー音作りテクニック初級編
仕組みがわかってきたところで、いよいよ実践です!ここでは、シンセサイザーの基本となる代表的なサウンドを、どうやって作っていくのか、そのレシピを解説します。どのシンセサイザーでも応用できる普遍的なテクニックなので、ぜひお手持ちのシンセ(ハードでもソフトでも)で試してみてください。
太いベースサウンドの作り方
楽曲の土台を支える、存在感のあるベースサウンドを作ってみましょう。
- オシレーター:まずはノコギリ波か矩形波を選びます。これだけだと少し細いので、オシレーターが2つ以上あるシンセなら、2つ目のオシレーターも同じ波形に設定し、少しだけ音程をずらします(デチューン)。これで音に厚みと「うねり」が生まれます。さらに、サイン波を低いオクターブでうっすら混ぜて、超低域を補強するのも効果的です。
- フィルター:ローパスフィルター(LPF)を使い、高域をカットして音を太くします。カットオフ周波数を下げていき、「ブォー」という気持ちの良いポイントを探しましょう。レゾナンスは少しだけ上げるか、ゼロのままでもOKです。
- エンベロープ(アンプ):ベースなので、アタックは最速(ゼロ)に設定して、立ち上がりの鋭い音にします。サスティンは最大、ディケイとリリースは短めに設定すると、鍵盤を押している間だけ「ブン」と鳴る、タイトなベースになります。
- その他:ベースラインは和音を弾くことがないので、シンセサイザーの設定をモノフォニックにするのが定番です。
広がるパッドサウンドの作り方
コードを弾いた時に、楽曲の背景を優しく包み込むような、広がりのあるパッドサウンドです。
- オシレーター:倍音が豊富なノコギリ波が基本です。こちらもオシレーターを2つ使ってデチューンすると、厚みが出てパッドらしくなります。パルス・ウィズ・モジュレーション(PWM)を使って、ゆっくり揺れるパルス波を混ぜるのもおすすめです。
- エンベロープ(アンプ):ここが最も重要です。アタックタイムを長めに設定し、「ふぉわ〜」っとゆっくり音が立ち上がるようにします。そして、リリースタイムも同様に長くして、鍵盤から指を離しても美しい余韻が残るように設定しましょう。これだけで一気にパッドらしいサウンドになります。
- フィルター:ローパスフィルター(LPF)で高域を少し削り、アタック感を和らげます。フィルターのエンベロープも使い、アタックを少し遅めに設定すると、音の立ち上がりに合わせてフィルターがゆっくり開くような、表情豊かなパッドになります。
- LFOとエフェクト:LFOを使って、ピッチやフィルターをごくわずかに、そして非常にゆっくりと揺らしてあげると、サウンドに生命感が生まれます。仕上げに、コーラスやリバーブといった空間系のエフェクトを深めにかけると、さらに広がりと幻想的な雰囲気を加えることができます。
鋭いリードサウンドの作り方
メロディを奏でるための、華やかで抜けの良いリードサウンドです。
- オシレーター:存在感のあるノコギリ波が定番です。矩形波を混ぜて少し硬さを出したり、オクターブ違いのノコギリ波を重ねて厚みを出すのも良いでしょう。
- フィルター:ローパスフィルター(LPF)を使い、音の明るさを調整します。レゾナンスを少し上げると、フィルターにクセがつき、よりシンセらしい「ミャウ」としたリードサウンドになります。フィルターのエンベロープは、アタックをゼロ、ディケイを少し短めに設定すると「ピュン!」というようなアタック感が出ます。
- エンベロープ(アンプ):アタックは速めに設定し、メロディがはっきりと聞こえるようにします。リリースは好みですが、あまり長すぎるとフレーズが濁ってしまうので、少し短めに設定するのが一般的です。
- その他:ポルタメント(またはグライド)という機能を使うと、ある音から次の音へ音程が滑らかに繋がるようになり、非常に表現力豊かな演奏ができます。LFOでピッチにビブラートをかけるのも、リードサウンドの定番テクニックです。
シンセサイザーをもっと深く楽しむためのキーワード
最後に、シンセサイザーの世界をさらに探求していく上で、よく目にするであろうキーワードをいくつか紹介します。これらの言葉の意味を知っておくと、機材のマニュアルを読んだり、他の人の音作りを研究したりする際に、きっと役立つはずです。
| キーワード | 説明 |
| MIDI | (Musical Instrument Digital Interface) 演奏情報をデジタルデータで送受信するための世界共通規格です。音程、音の長さ、強弱などの情報をやり取りし、シンセサイザー同士を連携させたり、コンピューターで制御したりします。 |
| CV/Gate | (Control Voltage / Gate) 主にヴィンテージのアナログシンセサイザーやモジュラーシンセで使われる制御信号です。CVが音程やフィルターなどのパラメーターを、Gateが音の長さを、それぞれアナログ電圧でコントロールします。 |
| アルペジエーター | (Arpeggiator) 押さえた和音(コード)を、分散させて自動的に演奏してくれる機能です。「ドミソ」と押さえると、「ド→ミ→ソ→ド→ミ→ソ…」のようにリズミカルなフレーズを生成してくれます。 |
| シーケンサー | (Sequencer) 演奏情報をステップごとに記録し、再生する機能です。フレーズやリズムパターンをあらかじめ打ち込んでおき、それをループ再生させることができます。 |
| エフェクター | (Effector) シンセサイザーが作り出した音を、さらに加工して様々な効果を加える装置や機能のことです。リバーブ(残響)、ディレイ(やまびこ)、コーラス(音の厚みと広がり)、ディストーション(歪み)などが代表的です。 |
| サンプリング | (Sampling) マイクなどを使って外部の音を録音し、波形データとしてシンセサイザーに取り込むことです。取り込んだ音を楽器として演奏できるものを「サンプラー」と呼びます。 |
まとめ:無限の音の世界へ旅立とう!
ここまで、本当に長い道のりでしたね。お疲れ様でした!シンセサイザーの基本的な仕組みから、歴史、種類、そして具体的な音作りのテクニックまで、駆け足で巡ってきました。
たくさんの専門用語や機能があって、まだ少し難しく感じる部分もあるかもしれません。でも、一番大切なことは、全てのツマミの意味を一度に覚えようとしないことです。まずは、この記事で紹介した「オシレーター」「フィルター」「アンプ」「エンベロープ」の役割を、なんとなくでもいいので頭に入れてみてください。
そして、何よりも大事なのは、実際にシンセサイザーに触れて、ツマミをいじってみることです。最初は、シンセサイザーに内蔵されている「プリセット音色」をひとつ選んで、そこからフィルターのカットオフをぐりぐり回してみる、エンベロープのアタックやリリースを変えてみる、それだけでも大丈夫です。音が劇的に変化するのを体験すれば、「ああ、このツマミはこういう効果があるんだ!」と、体で理解することができます。その小さな発見の積み重ねが、あなただけのサウンドを生み出す力になります。
シンセサイザーは、あなたの頭の中にある音のイメージを、現実の世界に呼び出すことができる魔法の道具です。そこに決まったルールや正解はありません。自由な発想で、音作りという名の冒険を楽しんでください。この記事が、あなたがその素晴らしい「無限の音の世界」へと旅立つための、ささやかな地図となれば、これほど嬉しいことはありません。

